Hola!Amigos!! るちゃ男です。
9月16日は、メキシコの人々にとって特別な一日です。
そう、メキシコ独立記念日です。
毎年9月、この時期になると、ルチャリブレ界も大きな盛り上がりを見せます。CMLLでは「アニベルサリオ」、AAAでは「トリプレマニア」という、それぞれを代表するビッグイベントが開催されます。
ところが今年の9月は、それだけではありません。
9月9日のグアダラハラ大会を皮切りに、WWEもメキシコで大会を開催!
CMLL、AAA、そしてWWE。
まるで「ルチャリブレ版レッスルマニア・ウィーク」とも言いたくなるような、ルチャリブレ、プロレスファンにはたまらない9月になりそうです。
そして、今年はCMLL、AAA両団体のビッグマッチに、日本人選手も登場します。
CMLLの「アニベルサリオ」にはSTARDOMから複数の選手が参戦。
そしてAAAの「トリプレマニア」には、東京バッドボーイズの出場が発表されました。
STARDOM勢のCMLL参戦が注目を集める一方で、正直、東京バッドボーイズについては、日本ではまだそれほど大きく取り上げられていません。
今回は、これまでAAAで活躍してきた日本人レスラーたちの歴史を振り返りながら、東京バッドボーイズをご紹介したいと思います。
実際にルチャドールとしてメキシコで活動をしていた「るちゃ男」が、日本人がメキシコで選手としてそれもメジャーと呼ばれる団体で活躍している東京バッドボーイズは「凄いんですよ」と言いたいだけの記事になります。
今回もよろしくお願いします。
文:るちゃ男yAI記者ChatGpt
AAAのリングで活躍した日本人選手‼
東京バッドボーイズを紹介する前に、まずAAAという舞台で、これまでどんな日本人選手が戦ってきたのか、紹介したいと思います。
AAAには、これまでにも数多くの日本人選手が登場してきました。
ただし、その関わり方は選手によって大きく異なります。
日本で確立された人気や実績を持ってメキシコへ遠征した選手もいれば、AAAのストーリーに組み込まれ、メキシコのリングで継続的に活動した選手もいます。
そして、中にはAAAのタイトルまで手にした日本人選手もいました。
まずはそんな日本人選手の中から、特に印象的な選手を振り返ってみたいと思いま
ウルティモ・ドラゴン――AAAで生まれた「日本人ルチャドール」
AAAと日本人選手の歴史を語るうえで、やはり外せないのがウルティモ・ドラゴンです。
ウルティモ・ドラゴンこと浅井嘉浩は、1987年にメキシコへ渡り、UWAやCMLLなどでキャリアを積みました。
しかし、現在世界中で知られている「ウルティモ・ドラゴン」というキャラクターを語るとき、重要な人物がいます。
それが、AAAを創設したアントニオ・ペーニャです。
当時EMLLの裏方として団体を支えていたペーニャは浅井のキャラクター作りに関わり、「ウルティモ・ドラゴン」というルチャドールを生み出しました。
つまり、ウルティモ・ドラゴンはメキシコ生まれの日本人ルチャドールと言っても良いと思います。
その後アントニオ・ペーニャは1992年にAAAを設立。
ウルティモ・ドラゴンはCMLLで活躍していましたが1996年5月11日「TripleManía IV-A」でAAAに電撃参戦をはたします。
同大会ではオクタゴン、ラ・パルカと組んで、シベルネティコ、エル・ピクード、モスコ・デ・ラ・メルセーと対戦しています。
ウルティモ・ドラゴンにとってAAAは、単なる海外遠征先の一つではありません。
メキシコで生まれた「ウルティモ・ドラゴン」というキャラクターを背負い、CMLLとAAAというルチャリブレのメジャーと呼ばれる2団体のリングに立った。
その意味で、ウルティモ・ドラゴンは日本人がメキシコのルチャリブレで存在感を示していく歴史の象徴的な選手と言えるでしょう。


ケンゾー・スズキ――WWEタッグ王者からAAAのトップヒールへ
AAAで活躍した日本人選手の中でも、ケンゾー・スズキは非常に異色のキャリアを持つ選手です。
2000年に新日本プロレスでデビューしたケンゾーは、その後海外へ活動の場を広げ、2004年にWWEへ移籍。「ケンゾー・スズキ」としてWWEのリングに上がり、ルネ・デュプリとタッグを結成すると、2004年にはWWEタッグ王座を獲得しました。2005年にはWWEを退団し、いったん日本へ帰国します。
日本ではハッスル!などで活動した後、再び海外へ。
2006年にはメキシコのCMLLに登場し、マーク・ジンドラックことマルコ・コルレオーネとタッグを組んで活動します。そして2007年3月、CMLLのライバル団体であるAAAへ電撃移籍。この移籍には、WWE時代から交流のあったウルティモ・ドラゴンの影響もあったと言われています。
AAAでは、コナン率いる外国人軍団「La Legión Extranjera(ラ・レギオン・エクストランヘラ)」の一員として活動。大型ヘビー級レスラーとして存在感を発揮し、AAAのトップ戦線へと進出していきました。
そして、AAAでのケンゾーを語るうえで絶対に外せないのが、2007年7月15日のTripleManía XVです。
この大会のメインイベントとなった金網戦「Domo de la Muerte」で、ケンゾーはエル・メシアス、X-Pacと組んでシベルネティコ、チェスマン、チャーリー・マンソンと対戦。
最後まで金網の中に残ったケンゾーは敗者となり、TripleManíaのメインイベントで髪を失いました。
ケンゾー・スズキはAAA世界ヘビー級王座にも挑戦するなど、2007年から2010年までAAAの主要ストーリーで活動。
WWEタッグ王者を経験した日本人レスラーが、今度はメキシコのAAAでトップヒールとして存在感を示しました。
ケンゾー・スズキは、日本人レスラーが世界を渡り歩きながらキャリアを築いていく、その象徴的な存在だったと言えるでしょう。


NOSAWA――AAAのタイトル戦線にも登場した日本人
AAAで活動した日本人を語るなら、NOSAWA論外ことNOSAWAも忘れることができません。
NOSAWAは日本だけでなくメキシコでも長く活動してきた選手で、AAAのリングにも登場しました。
特に注目したいのが2010年のTripleManía XVIII。
NOSAWAは、AAA世界クルーザー級王座を懸けた4WAYエリミネーションマッチに出場。
対戦相手は王者エクストリーム・タイガー、ジャック・エバンス、クリストファー・ダニエルズ。
NOSAWAはこの試合でタイトル獲得には至りませんでしたが、TripleManíaというAAA最大級の舞台でタイトル戦線に加わったことは、日本人選手として見ても重要な実績です。
NOSAWAの場合、単に「日本人選手としてAAAに登場した」というより、メキシコで長く活動することで現地のルチャリブレに溶け込み、AAAのストーリーの中に自分の居場所を作った選手と見ることができます。
SUGI――「Sugi San」としてAAAのタイトルを狙った男
2009年にはSUGIもAAAに登場します。
当時は「Sugi San」の名前で活動し、ケンゾー・スズキ、エル・オリエンタルらとともに「La Yakuza」というユニットを結成。
AAAの中で、日本をイメージしたヒールユニットとして活動しました。
そしてSugi Sanにとって大きなチャンスとなったのが、2009年9月のHéroes Inmortales III。
AAA世界クルーザー級王座を懸けた5WAYラダーマッチに出場しました。
対戦相手はエクストリーム・タイガー、ジャック・エバンス、ロッキー・ロメロ、テディ・ハート。
Sugi Sanは王座獲得には届きませんでしたが、AAAの主要タイトルを争うところまで進んだことは大きな実績です。
つまり、SUGIもまた「日本からやって来たゲスト」ではなく、AAAのストーリーとタイトル戦線に組み込まれた日本人選手でした。
石森太二&森嶋猛――AAA世界タッグ王座を獲得
そして、AAAにおける日本人選手の実績を語るうえで、絶対に外せないのがこの2人です。
石森太二と森嶋猛。
当時、プロレスリング・ノアとAAAには交流があり、NOAHの選手がAAAへ遠征していました。
そして2010年3月19日。
石森太二&森嶋猛は、AAA世界タッグ王座を獲得します。
日本人レスラーが、AAAの世界タッグ王座を手にしたのです。
さらに、このタイトルは非常に興味深い動きを見せます。
2010年5月23日、NOAH新潟大会で行われたAAA世界タッグ選手権。
王者・森嶋猛&石森太二に挑戦したのは、なんと潮崎豪&青木篤志でした。
そして勝利したのは挑戦者の潮崎&青木。
つまり、
森嶋猛&石森太二
↓
潮崎豪&青木篤志
と、AAA世界タッグ王座が日本人チームから日本人チームへ移動したのです。
これはAAAと日本のプロレス団体との交流を象徴する出来事と言っていいでしょう。

日本人レスラーがAAAへ行く道はいくつもあった
ここまで見てくると、AAAと日本人選手との関係が少し見えてきます。
ウルティモ・ドラゴンのように、メキシコでキャラクターとキャリアを築き、その後AAAのリングに立った選手。
ケンゾー・スズキやSUGIのように、AAAのストーリーに組み込まれ、メキシコのリングで継続的に活動した選手。
そして石森太二、森嶋猛、潮崎豪、青木篤志のように、日本の団体とAAAの交流を背景に、メキシコへ遠征し、AAAのタイトルまで獲得した選手。
決して、東京バッドボーイズが日本人選手としてAAAで戦うこと自体が初めてというわけではありません。
むしろAAAには、これまで何度も日本人選手が足跡を残してきました。
では、その歴史の中で、今回の東京バッドボーイズはどんな選手たちなのでしょうか。
TOKYO BAD BOYSを紹介
メキシコのメジャー団体Lucha Libre AAA Worldwide(AAA)のリングで存在感を増している日本人ユニット、それがTOKYO BAD BOYS(東京バッドボーイズ)です。
メンバーは、KENTO、TAKUMA、NOBU SANの3人。
2024年からAAAのリングで3人がそろって活動するようになり、現在ではメキシコのファンにもその名前を知られる存在になっています。
AAAの試合記録を見ても、3人は2024年から継続してAAAのリングに登場。
2024年11月には、KENTO、NOBU SAN、TAKUMAがAAAのTVマッチでダイナミコ、ドラゴ、ラレド・キッドと対戦しています。さらに2025年もAAAで継続的に試合が組まれ、3人でメキシコ各地の大会に出場してきました。
つまり、彼らは「日本人選手がたまにAAAへ遠征している」という存在ではありません。
メキシコのリングに継続して上がり、AAAのストーリーの中で試合を重ねてきた日本人ユニットなのです。
KENTO――AAAのリングで存在感を増すユニットの中心
KENTOこと小舩賢登選手は、元DRAGONGATEの選手。
DRAGONGATEではOpen the Brave Gate王座を2度、Open the Twin Gate王座、Open the Triangle Gate王座を獲得するなど、若くしてタイトル戦線で実績を残しました。
2022年にはさらなる可能性を求めて海外へ活動の場を広げることを表明。
その後、メキシコでの活動を続け、現在の東京バッドボーイズへとつながっていきます。
AAAでは、ヒールとしての存在感だけでなく、試合の中心となる役割を担っています。
TAKUMA――KENTOとともにメキシコへ
TAKUMAこと藤原拓磨選手も、KENTOと同じくDRAGONGATEで活動した選手です。
KENTOとは以前からタッグを組み、海外でも活動をともにしてきました。
TAKUMAはシューティングスター・プレスなどを武器とするスピード感のあるファイトが持ち味。
AAAではKENTOとのタッグで活動する機会も多く、2026年1月にはAAA世界タッグ王座を懸けた4WAY戦にも出場しています。
この試合には東京バッドボーイズのKENTO&TAKUMAのほか、Motor City Machine Guns、Nueva Generación Dinamita、王者Psycho Clown&Paganoが参加。
つまり東京バッドボーイズは、AAAの世界タッグ王座そのものを争うところまで到達していたのです。


NOBU SAN――東京バッドボーイズに加わった曲者
NOBU SANこと島谷常寛選手は、東京バッドボーイズに加わることで、ユニットにさらに独特な個性を加えました。
日本ではDDTやGLEATなどで活動し、GLEATではG-INFINITY王座を獲得。
AAAでもKENTO、TAKUMAとともに活動し、メキシコのリングで存在感を示しています。


3人がそろった東京バッドボーイズは、AAAのリングで日本人ヒールユニットとして独自のポジションを築いてきました。
そして、その活動はメキシコだけにとどまりません。
日本ではGLEATにも参戦。
2026年にはGLEATの大会にAAA所属としてKENTO、NOBU SAN、TAKUMAの3人が登場しています。
メキシコで活動しながら日本にも戻ってリングに上がる。
メキシコと日本、二つのリングを行き来しながら自分たちの名前を広げている。
それが現在の東京バッドボーイズです。
そして東京バッドボーイズは、少し違う道を歩いてきた
これまでAAAで活躍してきた日本人レスラーの中には、日本国内ですでに人気や実績を確立していた選手がいました。
また、NOAHとAAAの交流のように、日本の団体を背景としてメキシコへ遠征した選手もいました。もちろん、それは決して簡単なことではありません。
海外のリングに上がり、言葉も文化も違う環境で結果を残す。それだけでも大きな挑戦です。
しかし、東京バッドボーイズが歩いてきた道は、少し違います。
彼らは、日本でのキャリアだけを背景にしてAAAへやって来たのではありません。
メキシコのリングで試合を重ね、現地の選手たちと戦い、勝敗を積み重ね、少しずつ自分たちの存在を作ってきました。
そして2026年1月には、AAA世界タッグ王座を争うところまで来ました。
さらに9月。
その先に待っていたのが、AAA最大級の舞台の一つ、TripleManía 34です。
「ここに出るまで約5年」――TAKUMA選手の言葉
TripleManíaへの出場が決まったとき、TAKUMA選手は自身のSNSに一枚の写真を投稿しました。
そこにあった言葉が、今回この話を書こうと思った大きなきっかけです。
約5年
この一言を見たとき、TripleManíaのカードに東京バッドボーイズの名前があるという事実が、少し違って見えてきました。
これは、突然与えられた大舞台では決してありません。
AAAのリングで一つ試合をこなし、また一つ試合をこなし、メキシコのルチャドールたちと戦い、時には負け、それでもまたリングに上がる。
そうやって、一段ずつ階段を上ってきた。
そして、その階段の先にTripleManíaへの出場があった。
2026年9月11日にラスベガスで開催されるTripleManía 34 Night 1では、東京バッドボーイズのKENTO&TAKUMAが、ミネーションタッグマッチでWWEで活躍しているスーパースターと対戦します。
つまり東京バッドボーイズは、WWEのリングでも知られる選手たちと同じTripleManíaのカードに名前を連ねるところまで来たのです。
これは、5年前には決して当たり前のことではなかったはずです。
もちろん、これだけで「東京バッドボーイズがWWEの選手と同格になった」という話ではありません。
でも、彼らがメキシコで積み重ねてきたものが、今回の大舞台につながった。
そう考えると、今回のTripleManía出場は、単なる「日本人選手がメキシコの大会に出る」というニュースではないと思うのです。

あとがき――元ルチャドールのるちゃ男が、東京バッドボーイズを応援する理由
最後に、少しだけ僕自身の話をさせてください。
僕もかつてメキシコでルチャドールとしてリングに上がっていました。
だからこそ、東京バッドボーイズがメキシコでここまで活動を続けてきたことを、素直に「凄いな」と思っています。
正直に言えば、CMLLやAAAで「エストレージャ」と呼ばれる選手たちは、ものすごく高いプライドを持っています。
もちろん、全員がそうだと言うつもりはありません。
でも、それは当然のことだと思うんです。
そこまでたどり着くために、長い時間をかけて練習し、試合を重ね、厳しい競争を勝ち抜いてきた。
その結果として、CMLLやAAAというメキシコを代表するリングに立っているのですから、自分たちの仕事に誇りを持つのは当たり前です。
そして、メキシコ人はとても仲間意識が強い。
特にAAAはCMLLとちがいメキシコ全国各地で大会を開催します。
選手たちは、毎回同じ場所で試合をしているわけではありません。移動を繰り返しながら全国の会場で試合をこなします。
そういう環境だからこそ、選手同士、スタッフとの横のつながりや信頼関係はとても大切になります。
そんな中に外国人が入っていく。
これは、決して簡単なことではありません。
ましてや言葉が通じない。
「コイツと一緒に仕事をして大丈夫だ」
「コイツなら任せられる」
そう思ってもらうためには、リング上の技術だけではなく、普段の振る舞いや仕事に対する姿勢も見られます。
体力づくりやコンディション管理、試合への準備、メディアへの対応……。
求められることは、リングの中だけではありません。
しかも、そこにいつも通訳がいるわけではありません。
東京バッドボーイズがSNSなどの煽り動画で、あえて日本語で話していることがあります。
でも、その撮影の前には、スタッフとスペイン語で打ち合わせをしているはずです。
どういう内容にするのか。
どこで何を話すのか。
どういう映像を撮りたいのか。
そこを共有できなければ、スタッフがイメージする動画を作ることはできません。
もちろん僕は、その現場にいたわけではありませんから、具体的な打ち合わせの内容まで知っているわけではありません。
ただ、メキシコで仕事をするということは、そういう一つ一つのコミュニケーションも含めて大変なことなんです。
だから、東京バッドボーイズがここまで活動を続けてきたことを、僕は素直に凄い事だ!と言えます。
途中で「日本に帰りたい」と思ったことだって、きっと一度や二度ではなかったんじゃないでしょうか。
実際、後からメキシコへ渡り、その後彼らより先に日本へ戻って、日本の団体のリングに上がるようになった選手もいます。
もちろん、それはその選手自身が選んだ道です。
ルチャリブレファンの僕がそれについて何か言うつもりはありません。
ただ、メキシコで活動を続けることには、それだけ大きな覚悟が必要なんだろうな、と想像しています。
だからこそ、東京バッドボーイズが約5年間、メキシコで活動を続け、今回ついにTripleManíaの舞台までたどり着いたことを、僕は「凄い」と思うんです。
そして、もう一つ。
今回発表されたカードを見て、僕はさらに驚きました。
東京バッドボーイズが対戦するタッグチームは、WWEで活躍する選手たちが名を連ねています。
もちろん、先ほども言いましたが、それだけで「東京バッドボーイズがWWEの選手と同格になった」という話ではありません。
でも、その舞台に立つことをAAAから認められた。
これは、彼らがこれまでメキシコで積み重ねてきたものがなければ、簡単には実現しなかったんじゃないかと思います。
そして僕は、このカードを見ていると、東京バッドボーイズの存在が、世界的なスターたちが集まるAAAの大舞台で認められるところまで来たんだな、と感じます。
約5年間。
メキシコで一つずつ階段を上ってきた。
そして、ようやくTripleManíaという大きな舞台にたどり着いた。
でも――。
ここがゴールではないはずです。
むしろ、ここからなんじゃないでしょうか。
今回のTripleManíaをきっかけに、もっと多くのメキシコのファンに名前を知られ、日本のプロレスファンにも「東京バッドボーイズって凄いじゃん」と知ってもらう。
そして、その先にさらに大きな舞台が待っている。
元ルチャドールとして、そして一人のルチャリブレファンとして、僕はそんな東京バッドボーイズのこれからを楽しみにしています。
Vamos Tokyo Bad Boys!
これからも、メキシコのリングで暴れ続けてください。
応援しています。



