メキシコの国民的スポーツ「ルチャリブレ」。
その歴史は1933年、サルバドール・ルテロによって始まりました。
しかし、誕生したばかりのルチャリブレは決して順風満帆だったわけではありません。まだプロレスという文化が根付いていない時代、興行を続けることは簡単ではありませんでした。
そんな黎明期のルチャリブレに、まるで運命のような出来事が起こります。
それは――
サルバドール・ルテロが宝くじの大当たりを引き当てたことでした。
この出来事は、ルチャリブレの歴史の中でも語り継がれる象徴的なエピソードの一つです。
※ルチャリブレ誕生の物語についてはこちら
1934年、変わり始めるメキシコ
1934年のメキシコは、近代化へと進み始めた時代でした。
この年の5月15日、メキシコシティのバルブエナ飛行場から、美しい港町アカプルコへ向かう飛行機が飛び立ちます。
これはメキシコの商業航空の始まりでした。
飛行機には乗客2人と乗組員2人。
まだ小さな機体で、エンジンを始動させるためには手動でクランクを回す必要があるほどの時代です。
それでも「空を飛んで移動できる」という事実は、人々にとって夢のような出来事でした。
またこの頃、メキシコでは観光産業を発展させるため、アメリカからの観光客を呼び込む大規模なキャンペーンも行われていました。
そして街の娯楽の一つとして、少しずつ人気を集めていたのが
リングの上で繰り広げられるルチャリブレでした。


マスクマンとルードの誕生
1930年代のリングでは、すでに現在のルチャリブレにつながる要素が生まれていました。
当時リングに登場していたのが
「エンマスカラード(覆面レスラー)」です。
彼はメキシコで最初にマスクを着けて戦ったレスラーとされています。
現在ではルチャリブレといえばマスク文化ですが、
その象徴とも言える存在がすでにこの時代に登場していたのです。
また、この時代には ライアン(Ryan) というレスラーも登場しました。
彼はしばしば ルチャリブレ史上最初のルード(悪役レスラー)と呼ばれています。
善玉のテクニコと、悪役のルード。
この対立構造は、現在のルチャリブレのドラマ性を作る大切な要素となっています。


メキシコ文化の象徴 ― ベジャス・アルテス宮殿
1934年9月29日、メキシコ文化の歴史に残る重要な建物が正式に開館します。
それが
ベジャス・アルテス宮殿(Palacio de Bellas Artes)です。
この壮麗な建物は、メキシコ芸術の中心地として建設されました。
当時の大統領アベラルド・ロドリゲスによって正式に開館します。
メキシコが文化国家として歩み始めるこの時代、
リングの上ではルチャリブレという新しいエンターテインメントも成長を始めていました。


ルチャリブレの未来を変えた「宝くじ」
そして1934年
ルチャリブレの歴史に残る出来事が起こります。
サルバドール・ルテロ・ゴンサレスが宝くじに当選したのです。
当選した番号は4242
しかもその日は偶然にも、
メキシコ・プロレス協会(EMLL)の創立1周年の日でした。
まるで運命に導かれたかのような出来事です。
この宝くじの当選は、まだ始まったばかりだったルチャリブレ興行を支える大きな助けになりました。
そしてこのエピソードは、現在のCMLLでも
歴史と誇りを象徴する出来事の一つとして語り継がれています。


まとめ:ルチャリブレの歴史に残る“幸運”
1934年のメキシコでは
・商業航空の誕生
・文化の象徴ベジャス・アルテス宮殿の開館
・そしてルチャリブレの成長
など、社会と文化の両面で大きな変化が起きていました。
そんな時代の中で起きた
サルバドール・ルテロの宝くじ当選。
この幸運が、まだ小さかったルチャリブレというエンターテインメントを支え、
後に世界的な文化へと成長していく歴史の一部になったのかもしれません。
90年以上経った現在でも、このエピソードは
CMLLの歴史と誇りを語る物語として語り継がれています。
1935年、リングに立った最初の勇気




